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福岡高等裁判所 平成10年(ネ)904号 判決

控訴人

長井俊彦

訴訟代理人弁護士

高橋博美

中村佐和子

被控訴人

株式会社ライフ

右代表者代表取締役

渡邉秀明

右訴訟代理人弁護士

松本成一

松本正文

松本郁子

被控訴人補助参加人

株式会社西日本銀行

右代表者代表取締役

古賀誠二

右訴訟代理人弁護士

和智公一

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

三  原判決の被控訴人代表者の表示を「渡邉秀明」と更正する。

四  原判決主文第一項を削除し、同第三項を「被控訴人のその余の主位的請求を棄却する。」と更正する。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

第二  事案の概要

事案の概要は、以下に付加、訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」の「第二 事案の概要」の欄に摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決四頁六行目の「請求をする事案」を「請求をし、控訴人において、被控訴人の主張する求償金の原因となった貸金は、第三者が控訴人のカードを盗用して借り入れたものであって貸金として成立していないし、これが損害賠償債務であるとしても、それは被控訴人の代位弁済の対象ではなく、また、控訴人にはカードの保管上の注意義務違反はなく損害賠償債務はないなどと主張して、被控訴人の請求を争っている事案」と改め、同末行の末尾に「ただし、期限までに参加人から期限を延長しない旨の申出がない場合には、取引期間は更に三年間延長されるものとする。」を加え、同六頁六行目の「本件保証契約」を「右委託をした控訴人と被控訴人の間の保証委託契約(以下「本件保証委託契約」という。)」と改める。

二  原判決七頁一〇行目を「1 被控訴人が控訴人の参加人に対する消費貸借契約上の債務の保証債務を履行したことによる求償金の請求について」と、原判決八頁初行の「求償として」を「本件保証契約に基づく求償金として」と、同五行目を「 控訴人は、平成八年八月八日午後五時から午後六時五〇分までの間、福岡市博多区祇園所在のパチンコ店内の立体駐車場に、自己所有の自動車を駐車していたところ、氏名不詳の第三者に、同車内に置いていた本件カード在中のバッグを盗取された。被控訴人主張の右九九万九二〇六円は、右第三者によって借り入れられたものである。」と、それぞれ改める。

三  原判決八頁六行目を「2 被控訴人が控訴人の参加人に対する損害賠償請求債務の保証債務を履行したことによる求償金の請求について」と改め、同一二行目の冒頭に「本件特約に基づく債務は、当座貸越契約書に定められているが、当座貸越契約自体から発生するものではなく、これと別個の契約に基づいて発生する債務であるから、」を加え、同九頁三行目から四行目までを、次のとおり改める。

「控訴人は、本件カードの使用管理について善管注意義務を負うところ、控訴人は、何人も容易に出入りができ、かつ素行優良とは言い難い人物が出没し易い場所であるパチンコ店の駐車場に駐車した車内に、時価一万円以上の高価なバッグに本件カードを入れて、無人のまま放置し、かつ、本件カードの暗証番号に生年月日を登録使用しているのに、生年月日が明記された運転免許証と本件カードを一緒にして、右のとおり放置した点において、右注意義務違反があることは明らかである。」

四  原判決九頁八行目を次のとおり改める。

「仮に、控訴人に善管注意義務が課されるとしても、控訴人は、駐車車両に施錠していた以上、過失を問われる点は全く存しない。被控訴人は、運転免許証と同一車内に保管していたことを過失と主張するが、本件カードは通常財布やバッグ等に入れて携帯するものであり、運転免許証は自動車内に保管することが通例である物であって、同一車内に右両者が置かれていたとしても、過失ありとは到底いうことができない。暗証番号の管理にしても、控訴人は、第三者に暗証番号を教えたり、本件カードと一緒に暗証番号を記載したメモ等を入れていた訳ではなく、この点においても過失はない。」

五  原判決一一頁末行を「3 法定代位に基づいて被控訴人が取得した参加人の控訴人に対する債権に基づく請求について」と改め、同一二頁六行目を次のとおり改める。

「 本件特約に基づく債務は、本件保証契約によって、被控訴人が参加人に支払うべき債務には含まれないから、被控訴人は、その弁済につき正当の利益を有する者ではなく、法定代位するものではない。」

第三  争点に対する判断

一  被控訴人の請求と訴訟物について

被控訴人は、①主位的請求として、控訴人が、平成八年八月八日に、本件カードを用いて、参加人から借り入れた元本九九万九二〇六円の消費貸借契約上の控訴人の債務を、平成九年一月一〇日代位弁済したことを原因とする求償権に基づき、求償金元本一〇四万二八五七円とこれに対する約定遅延損害金を請求し、②予備的請求として、控訴人から本件カードを盗取した第三者が、平成八年八月八日に本件カードを用いて参加人から九九万九二〇六円を取得したことにつき、控訴人が参加人に対して負担する損害賠償債務を、平成九年一月一〇日代位弁済したことを原因とする求償権に基づき、求償金元本一〇二万四六六五円とこれに対する商事法定利率による遅延損害金を請求し、更に、③予備的主張として、法定代位を主張している。

ところで、右①の請求と、右②の請求は、いずれも本件保証契約に基づき被控訴人が参加人に対して負っている保証債務を、平成九年一月一〇日に履行したことを原因とする求償金の請求であって、その訴訟物は同一(保証債務の履行の対象が消費貸借契約上の債務であるか、損害賠償債務であるかは、攻撃防御方法の違いに過ぎない。)と解すべきであるから、本件における主位的請求は、右①及び②の請求となり、右③の請求は、民法五〇〇条の規定により被控訴人が代位取得した、参加人の控訴人に対する貸金債権又は損害賠償請求権を行使するものであるから、訴訟物を異にし、予備的請求となるものである。

以下、これに基づいて判断を進める。

二  貸金の成立について(前記争点1)

1  証拠(乙一ないし三、丙三の1、四ないし七、証人北村、控訴本人)及び弁論の全趣旨によれば、前記「当事者間に争いのない事実等」に摘示の事実の他、以下の事実を認めることができる。

(一) 控訴人は、平成八年八月八日午後五時ごろから午後六時五〇分頃までの間、福岡市博多区祇園所在のパチンコ店の立体駐車場内に、自家用車(以下「本件車」という。)を駐車して施錠し、その場を離れて、パチンコをしていた。

(二) 控訴人は、右の際、本件カードのほか、他行のキャッシュカード四通、クレジットカード二通、預金通帳六冊、実印等を入れた黒皮革製セカンドバッグを手提げバッグ一個と共に、本件車の助手席側後部座席の足下に置いていたが、車外から車内を覗けば、右バッグが見える状況にあった。

(三) 控訴人は、自己の運転免許証を、本件車内の運転席サンバイザーの裏側に挾んで置いていた。

(四) 右の間、何者かが本件車内から、本件カードの入った右セカンドバッグを盗み出し、右同日午後六時七分から同八分にかけて、二回にわたり、参加人の本店において、本件カードを用いて現金自動支払機から現金九九万九〇〇〇円を引き出した。

(五) これにより、参加人は、右貸付けに伴う手数料債務二〇六円を合わせて、元金九九万九二〇六円の商事貸借契約が成立したものと取り扱った。

(六) 控訴人は、右同日午後七時ごろ、博多警察署に盗難届を出したほか、翌八月九日午前一〇時ごろ、参加人天神北支店を訪れて、本件カードが盗難にあった旨を申告した。

(七) 右盗難により、本件カードの他、他社のキャッシングカード等によるキャッシングにより、本件も含めて四件合計三七〇万円が引き出され、その他クレジットカードにより八〇万円相当の買物がされた。

よって、控訴人は右カードの利用代金の請求を受けている。

2  右事実によれば、被控訴人が主張する求償債権の原因となった貸金は、本件車から本件カードを盗取した第三者が、何らの権原もなしに本件カードを使用して、参加人の現金自動支払機から現金を引き出したことによって、参加人において消費貸借契約が成立したと扱っていたものであるから、契約としては無効(不成立)といわざるを得ない。

三  本件ローン契約及び本件特約の趣旨について

被控訴人は、右貸金が不成立であっても、控訴人は、参加人に対し、本件特約に基づく債務を負担しており、被控訴人は、その債務を代位弁済したと主張するので、まず、本件ローン契約及び本件特約の趣旨について検討する。

本件ローン契約の本件特約を含む主要な契約条項の要旨は、前記「当事者間に争いのない事実等」に摘示のとおりであるところ、右条項からすると、本件ローン契約は、契約で定められた取引期間内において、顧客が、参加人から貸与された本件カードを、参加人の本支店に提示し、又は現金自動支払機等に差し込み、その際に暗証番号の照合をして顧客の同一性の確認を行うことのみにより、直ちに貸越極度額の範囲内で顧客の要求する現金を交付し、参加人と顧客との間で消費貸借契約を成立させることを内容とする契約であると認めることができる。そして、右契約により、顧客は、カードと暗証番号以外の同一性の確認手段を求められることや、個別の信用調査をされることなく、極めて迅速に金融を得ることができる利益を享受し、参加人においても、右信用調査等に手間とコストをかけることなく、小口の金融に迅速に対応し、顧客を確保することができるという利益を得ているものということができる。

これにより本件特約をみるに、本件特約は、本件ローン契約に基づき、カードが参加人に提示され、又は機械に挿入された際に申告又は入力された暗証番号と、事前に届け出られた暗証番号とを、金融機関に求められる通常の注意をもって照合し、相違がないと認めて、カードを提示等した相手方と取引をした場合には、それがカードの盗用等による不正な取引であった場合にも、顧客が、その取引による参加人の損害を負担する旨の特約であると理解される。そして、本件ローン契約は、右のような簡易迅速な金融の方法を許容し、顧客や参加人に相応の利益を与える反面、必然的に、カードの盗用等の不正な利用による損害や、通常の審査手続を経た貸付けを上回る貸倒れの危険を生じさせるものであるから、取引上の紛争の防止のため、これらの危険より生じた損失の負担について参加人と顧客の間で約定する必要性があるところ、右の危険のうち、カードの盗用等によって生じる危険の発生は、参加人においてこれを防止する手段が乏しいのに対し、顧客の側がカードや暗証番号の管理を適正に行なうことにより比較的容易に防止し得るものであることからすれば、右危険により生じた損害を顧客に負担させることには、十分な合理性があるというべきである。

控訴人は、控訴人と無関係の第三者が参加人に加えた損害につき、控訴人の軽過失を理由として、そのてん補義務を負わされることはなく、本件特約は、民法の原則を越えて、控訴人に負担を負わせるものであると批判する。しかしながら、取引の当事者間において、当該取引に伴う危険の負担につき特約することを禁ずる法令上の根拠はなく、本件ローン契約の特質に照らして本件特約の必要性、合理性があることは、前示のとおりである。本件ローン契約の当事者が一般消費者であることをもって、右の合理性を否定する根拠とするに足るものということはできないし、本件カードの紛失、盗難等による損害につき保険による保障がないことを理由に控訴人(顧客)の責任を軽減することも、物事の本末を転倒するものであって、右の合理性を否定するものということはできない。

そうすると、控訴人は、本件カードが盗用されたことによる参加人の損害につき、少なくとも控訴人に本件ローン契約の債務不履行がある場合には、本件特約に基づき、右損害をてん補する契約上の債務を負っているものと解することが相当である。(なお、本件特約の文言からすると、本件特約は、控訴人の債務不履行責任を定型化ないし明確化したものではなく、単純な損失負担契約であると解することもでき、そのような契約の効力を否定する法令上の根拠もないから、控訴人は、本件特約に基づき、その債務不履行の有無にかかわらず、右損害をてん補する責任を負うと解する余地もあると考えられる。)

四  本件保証契約に基づく債務の範囲について(前記争点2(一))

1  証拠(甲一の1ないし3、三、四、丙一)によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 控訴人は、被控訴人との間で本件保証委託契約を締結するに当たり、被控訴人との間で、以下のような約定をした。

(1) 控訴人と参加人との間のローン取引に関しては、控訴人と参加人の間の取引約定に従う。

(2) 被控訴人が代位弁済する場合には、事前の通知をすることなく、履行の方法、金額等については、被控訴人と参加人の間の保証契約に基づいて行うことを承諾する。

(3) 被控訴人が代位弁済したときは、被控訴人が弁済した債務の元金、利息他一切の権利が、通知等をすることなく、当然に参加人から被控訴人に移転することを承諾し、控訴人が遅滞なく被控訴人に支払う。

(二) 被控訴人は、参加人との間で取り交わした債務包括保証契約書により、参加人の個人取引先が、参加人との間の当座貸越契約に基づいて負担する債務を、被控訴人が保証すること、参加人の個人取引先が期限の到来又は期限の利益の喪失により、債務を履行しなかった場合は、参加人の請求により、被控訴人は、参加人に対し、別に定める「覚書」に基づいて保証債務の履行をすることなどを約した。

(三) 被控訴人は、右により、参加人との間で、覚書を取り交わし、その中で、被控訴人が参加人の個人取引先に対して履行する代位弁済の範囲は、履行の時における右取引先の主たる債務の元利金に、参加人所定の遅延損害金を加えた額とすることを約した。

(四) 本件ローン契約は、右債務包括保証契約書及び覚書にいう当座貸越契約である。

2 右事実によれば、被控訴人は、参加人に対して、本件ローン契約に基づく被控訴人の参加人に対する債務を保証したものであるから、その保証の範囲には、本件特約に基づき、本件カードの盗用等によって生じた参加人の損失をてん補する債務も含まれるものと解することが相当である。また、その保証の金額的な範囲は、債務の元利金に参加人所定の遅延損害金を付した範囲であるということになる。

右につき、控訴人は、右の参加人の損害をてん補すべき債務は、当座貸越契約とは別個の契約に基づいて発生するものであるから、被控訴人の保証の範囲に含まれないと主張するが、本件ローン契約は、本件特約を含む一体の契約であって、本件特約のみを切り離して別個の契約であるということはできず、控訴人の主張はその点において採用できない。のみならず、前示の本件ローン契約の性質、本件特約にその必要性と合理性があること、前示の債務包括保証契約書や、これに基づく覚書の約定の文言には、本件特約に基づく控訴人の債務の保証を除外していると理解される条項はないこと、控訴人も保証の範囲につき右債務包括保証契約書に従うことを承諾して本件保証委託契約を締結していることなどからすると、本件特約に基づく控訴人の債務を、本件保証契約による保証の範囲から除外することは、控訴人、被控訴人、参加人の間の合理的な意思解釈に反するというべきであって、この点においても、控訴人の右主張は採用できない。

五  控訴人の注意義務の内容と注意義務違反の有無について(前記争点2(二))

1  証拠(丙一、二の1、2)及び弁論の全趣旨によれば、右争点に関連する事実として、以下の事実を認めることができる。

(一) 本件カードは、クレジットカード等と同様の大きさのプラスチックカードであり、携帯に便宜な形状をしている。

(二) 本件カードの裏面には、「本件カードは、ご自身でお使い下さい。なお、ご使用の暗証番号は、他人に知られないようご注意ください。」「このカードは大切に保管してください。」との記載がある。

(三) 本件ローン契約において、控訴人は、参加人に対し、本件ローン契約の取引期間が延長されることなく満了した場合や、これが解約された場合には、本件カードの返却義務を負うものとされている。

2 前示の本件ローン契約及び本件特約の趣旨、並びに右認定事実からすると、本件カードについては、

①  本件カードは、当該顧客が、参加人から一定の信用を供与されていることを証する手段であるとともに、暗証番号と相まって、参加人との取引の相手方となる顧客の同一性を証する手段でもある。

②  本件カードの所有権は参加人にあり、参加人は、これを控訴人に貸与している。

③  本件カードは、その形状からして、適正な管理を怠ると紛失したり、盗難に遭う可能性が大きく、その場合には、不正な使用により参加人に貸越限度額一〇〇万円に見合う限度の損害を生じさせる危険性があるところ、その保管等は、もっぱら控訴人に委ねられていて、参加人の直接の管理が及ばない反面、控訴人において適正な管理をすることは、比較的容易である。

ということができ、このような事情に照らすと、控訴人は、本件ローン契約上、本件カードを適正に保管する債務を負っていることは明らかであり、かつ、その保管の態様は、委任契約の受任者や有償寄託の受寄者の保管に類するものというべきであるから、控訴人は、本件ローン契約に基づき、本件カードの保管につき善管注意義務を負うものと解することが相当である。

控訴人は、本件カードは、手頃に使い易く携帯し易いことを意図して作成されたものであり、日常生活の中で、他の物に混ざりやすく、紛失の可能性も高いことを指摘して、自己の物と同一の注意義務をもって保管すれば足りると主張するが、右に説示したところに照らして採用できない。

3  そこで、控訴人に右注意義務違反があるか否かについて検討するに、前示認定事実によれば、控訴人は、不特定の者が出入りするパチンコ店の駐車場に、施錠はしたものの、通常貴重品類を入れるのに用いられるセカンドバッグを本件車の窓ガラス越しに外から見える場所に、本件カードのほか、他の多数のキャッシュカード等(カード六通)や預金通帳(六冊)、実印等重要な品々と共に置いた上、本件カードその他のカードの暗証番号も、最も解読されやすい自分の生年月日の数字をそのまま用いているのに、右番号を確知しうる運転免許証も同車内で容易に発見できる場所に置いた状態で、本件車を駐車し、その場を立ち去ったというのであり、このような状態は、往々にして盗難を誘発するに足りるものであり、かつ、暗証解読を容易にして、本件のようなカードの不正利用を惹起しやすい危険な状況を作出したものということができる。これらのことを考慮すれば、控訴人が、右の善管注意義務を尽くしていなかったことが明らかである。(そのことは、右説示の本件カードの保管状況は、いわば預金通帳と取引印を一緒にして放置した状態を想起させるもので、この場合に預金通帳等の保管に過失があることは明白であることや、委任契約に基づいて委任者の物の保管を委託された受任者や、有償寄託の受寄者が、右と同様の状況下で委託物や寄託物を盗取された場合に、委託者や寄託者に対する損害賠償責任を免れないことに照らして、容易に理解されるところである。)

六  平成九年一月一〇日時点での参加人に生じた損害額について(前記争点2(三))

前示のとおり、本件特約は、本件カードの盗用等により参加人に生じた損害について、控訴人が、その損害をてん補する契約上の債務を負うことを認めた規定であるところ、前示認定事実によれば、本件において、右の参加人に生じた損害は、平成八年八月八日に本件カードを用いて参加人の現金自動支払機から引き出された現金九九万九〇〇〇円とその際に発生した手数料相当額二〇六円の合計九九万九二〇六円であると認めることができる。

ところで、控訴人の右損害をてん補する債務は、本件ローン契約に基づく契約上の債務であり、期限の定めのない債務であると解されるから、控訴人は、参加人に対し、参加人が控訴人に対して右債務の履行を請求したときから、その元本に、本件ローン契約による約定の年一八パーセントの割合(ただし実際の運用に従い年一四パーセント、年三六五日の日割計算)による遅延損害金を付して支払わなければならないことになる。そして、証拠(丙五)によれば、参加人は、控訴人に対し、遅くとも、平成八年八月二一日には、本件カードの使用による債務につき、支払わなければ延滞となり、保証会社に代位弁済請求をすることになると述べて、その支払を催告した事実が認められるから、右同日をもって履行期が到来したものということができる。

右によれば、平成九年一月一〇日時点での、控訴人が参加人に支払うべき右債務の金額は、一〇五万三二四五円(一円未満切り捨て)となる。

999,206×(1+0.14×141÷365)=1,053,245

七  参加人の過失について(前記争点2(六))

控訴人は、控訴人が本件カードの暗証番号を生年月日に設定したのに、その変更を求めなかったことや、本件カードの使用につき暗証番号を照合したのみであるから、参加人には第三者が本件カードを使用したことにつき過失があると主張する。

しかしながら、前示のとおり、本件特約に基づき控訴人が参加人に対して負担する債務は、本件ローン契約に基づく契約上の債務であって、債務不履行による損害賠償責任とは異なるから、参加人に何らかの過失があったとしても、それにより過失相殺の規定を類推適用して右債務の額を減額することは相当ではないというべきである。

仮にそうでないとしても、証拠(証人北村、控訴人本人)によれば、控訴人は、飲食店の経営及び不動産コンサルタント業を営む経営者であること、本件カードについては、いかなる番号でも暗証番号として設定できること、個人のプライバシーの関係上、金融機関は顧客に対し、生年月日以外の番号に変更させるような個別の注意喚起はしていないこと、しかしカードの送付の際にパンフレットを送付して一般的な注意は喚起していること、の各事実を認めることができる。右認定事実に、前示のとおり、本件ローン契約の趣旨は、簡易迅速な金融の手段を提供することにあること、本件カードの裏面には右のような一般的な注意事項の記載があること、平成八年当時には、「カード社会」などと言われ、各種のカードの利便性に伴う様々な危険について、一般消費者にも認識が広がっていたこと(公知の事実)、生年月日を暗証番号に用いることは、最もそれを解読されやすいケースであり、一般にも周知されている事柄ともいえるが、あえて右を用いる顧客にこれを禁じることも相当とはいえないし、参加人は控訴人に対して、本件ローン契約時、この点につき一般的な注意喚起をしていること、などを合わせ考えると、控訴人は、本件カード及び暗証番号の管理を怠ったことによって生じる危険につき理解していたというべきであり、また、参加人において、プライバシーとの関係から、個別の注意をしないとする取扱いにも十分な合理性があると認められるから、参加人が本件カードの暗証番号を生年月日以外の番号に変更するよう求めなかったり、本件カードの使用につき暗証番号のみを照合して取引に応じたとしても、参加人に過失があるということはできない。

八  被控訴人の請求について

以上によれば、控訴人は、被控訴人に対し、本件保証委託契約に基づき、被控訴人が、右六項に説示した控訴人の参加人に対する本件ローン契約に基づく債務の範囲内で代位弁済した一〇四万二八五七円と、これに対する代位弁済の翌日から支払済みまで日歩八銭の割合による遅延損害金を支払うべきこととなり、被控訴人の主位的請求(前記「一 被控訴人の請求と訴訟物について」の①及び②の請求)は理由がある。

第四  結論

以上によれば、控訴人の主位的請求はこれを認容すべきところ、その一部を棄却した原判決は、その棄却部分につき相当ではないが、これに対する被控訴人の控訴はなく、不利益変更禁止の建前上、原判決を維持せざるを得ないから、本件控訴を棄却するに止めることとし、原判決の原告代表者の表示に明白な誤記があるので、これを主文第三項のとおり更正し、また、原判決の主文第一項及び第三項は明白な誤記であると認められるから、これを主文第四項のとおり更正することとする。

(裁判長裁判官川本隆 裁判官兒嶋雅昭 裁判官松本清隆)

〈原判決の事案の概要〉

第二 事案の概要

本件は、補助参加人(以下「参加人」という。)とカードローン契約を締結した被告のために連帯保証をした原告が、被告に対し、主位的に、①被告と参加人間の金銭消費貸借契約に基づく被告の借入金債務を保証人として弁済したとして求償金の請求を、予備的に、被告のカードが盗用されたことによる参加人の損害について原告が代位弁済したとして、②保証委託契約に基づき、または③法定代位に基づいて、求償金の請求をする事案である。

一 当事者間に争いのない事実等(弁論の全趣旨により認められる事実を含む。)

1 原告は割賦購入斡旋等を営む会社である。

2 参加人は、平成三年六月二五日、被告との間で、次のとおりカードローン契約を締結し(以下「本件ローン契約」という。)、カードローン用カード(以下「本件カード」という。)を貸与した。

(一) 貸越限度額は金一〇〇万円とし、期間は三年間とする。

(二) 貸越金の利息は付利単位一〇〇円とし、毎月一〇日に年13.3パーセント(年三六五日の日割り計算)の利息によって計算の上(ただし実際の運用は年12.5パーセント)貸越元金に組み入れるものとする。

(三) 返済方法は毎月一〇日(休日の場合は翌営業日)に貸越極度額の二パーセント(金二万円)を返済する。

(四) 前号に定める返済を遅延し翌月の返済日に至るまで返済をしなかったときは期限の利益を喪失する。

(五) 遅延損害金は年一八パーセント(年三六五日の日割り計算)とする(ただし実際の運用は年一四パーセント)。

(六) 参加人が同人に提出された書類の印影(または暗証)を、届出の印鑑(または暗証)に、相当の注意をもって照合し、相違ないものと認めて取引したときは、書類、印章等について偽造、変造、盗用等があってもそのために生じた損害については被告の負担とする(以下「本件特約」という。)。

なお、本件特約の適用があるためには、被告に本件カードの使用管理についての注意義務違反が必要である。

3 原告は、平成三年六月二五日、被告の委託を受け、参加人に対し、被告の前項の債務につき連帯保証した(以下「本件保証契約」という。)。

本件保証契約には、原告が参加人に対し代位弁済を行った場合には、被告は原告に対して右弁済金額に日歩八銭の遅延損害金を付して支払う旨の約定がある。

4 平成八年八月八日、本件カードにより参加人から九九万九二〇六円が借り入れられた。

なお、本件カードの暗証番号が被告の生年月日に一致するところ、参加人が被告に対し右暗証番号の変更を求めたことはない。また、本件カードを使用して参加人から借入れが行われる場合、参加人は暗証番号の照合のみを行う。

5 被告が右金員を借り入れたものであった場合、同年一二月一〇日時点で被告が参加人に対して負担する債務は、4の未払元金、利息及び遅延損害金の合計一〇四万二八五七円となり、第三者が本件カードを盗用して右金員を借り入れたものであった場合、平成八年八月八日時点での参加人の損害は、4の元金相当額九九万九二〇六円となる。

6 原告は、平成九年一月一〇日参加人に対し、本件保証契約に基づき、一〇四万二八五七円を代位弁済した。

二 争点

1 主位的請求について

被告が本件カードを使用したか

(原告の主張)

九九万九二〇六円は被告が本件カードを使用して借り入れたものである。よって、原告は、被告に対し、求償として、一〇四万二八五七円及びこれに対する代位弁済の日の翌日である平成九年一月一一日から支払済みまで約定の日歩八銭の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

九九万九二〇六円は第三者が本件カードを盗用して借り入れたものである。

2 予備的請求について

(一) 本件保証契約に基づく債務の範囲

(原告の主張)

本件保証契約に基づいて原告が参加人に支払うべき債務には本件特約に基づく債務が含まれる。

(被告の主張)

本件保証契約に基づいて原告が参加人に支払うべき債務には本件特約に基づく債務は含まれない。

(二) 被告の注意義務の内容と注意義務違反の有無

(原告の主張)

被告は本件カードの使用管理について善管注意義務を負い、被告には右注意義務違反がある。

(被告の主張)

被告は本件カードの使用管理について自己の財産におけると同一の注意義務が課されるにすぎない。

仮に善管注意義務が課されるとしても被告には右注意義務違反はない。

(三) 平成九年一月一〇日時点での参加人に生じた損害額

(原告の主張)

本件ローン契約は商行為であるから、盗取された九九万九二〇六円について、本件カードが使用された日から年六分の割合による遅延損害金が発生する。したがって、本件カードが使用された平成八年八月八日から原告が代位弁済をした平成九年一月一〇日の前日までの一五五日間の年六分の割合による遅延損害金は次のとおり二万五四五九円であり、結局、同日までに参加人に生じた損害額は、合計一〇二万四六六五円である。

99万9206円×0.06×155日÷365日=2万5459円

(被告の主張)

被告が参加人に対して負担する債務は、本件カード盗用者の参加人に対する不法行為に基づく損害賠償債務であり、商事法定利率の適用はない。

(四) 代位弁済後の遅延損害金の利率

(原告の主張)

本件保証契約及び原告の代位弁済は商行為であり、代位弁済後の遅延損害金の利率は年六分である。

(被告の主張)

被告が参加人に対して負担する債務は、本件カード盗用者の参加人に対する不法行為に基づく損害賠償債務であり、また、保証債務の附従性から商事法定利率の適用はない。

(五) 参加人の過失の有無

(被告の主張)

参加人は、顧客である被告が誕生日を本件カードの暗証番号に設定したのに何ら暗証番号の変更を求めず、また、第三者が本件カードを利用するにつき本件カードと暗証番号を照合したのみであるから、本件カードの盗用について過失があり、被告は右盗用による責任を負わない。また、少なくとも過失相殺されるべきである。

(原告の主張)

参加人が被告に暗証番号の変更を求めず、または本件カードと暗証番号を照合したのみであっても、参加人に過失はない。

(六) 法定代位の成否

(原告の主張)

仮に右(一)の主張に理由がなくても、原告は「弁済につき利害の関係を有する第三者(民法四七四条二項)」に該当し、第三者弁済により法定代位する。

(被告の主張)

原告は何ら利害関係を有せず、法定代位しえない。

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